コラム

心臓内科医三角和雄から考えさせられたこと

 先日、『情熱大陸』(TBS)の心臓内科医三角和雄の回を観た。彼は、2018年、『カンブリア宮殿』(テレビ東京)でも取り上げられた心臓カテーテル手術の世界的権威でもある。そのテレ東の名物番組では、言及されず、知られていない彼の一側面が映し出されてもいて、非常に興味深くもあり、印象的でもあった。
 そのテレ東での名言は、「本当の名医とは、“私、失敗しないんで!”という言葉は口にはしない」というものであった。

 まず、一点は、「量のないところに質はない」という彼の信念である。もう一点は、「小学校で一番大切なのは国語である」という彼の教育観である。 二人の娘さんに、リビングで漢字の勉強を指導している微笑ましい光景が映し出されもいて、理系、それも理系の雄でもある医学部から名医ともなった彼のプロフィールからは、一般人には意外とも思われる、想像もしていない弁でもあろうが、私には、思わず膝を打ち、“そうだろう!”と心の中で呟いたものである。

 「小学生のうちは国語を中心に勉強した方がいい」「できるだけ早く社会人としての常識とか、基本的な日本語の知識や語彙を身につけた方がいい」(三角和雄)

 では、この三角氏の「量のないところに質はない」という真意である。

 彼は、東京医科歯科大学を出て、アメリカに留学し、カテーテル手術というものを知る。初めは、東洋から来た、新米の研修医上がりの医師に差別や嫌がらせがあったという、そこで、逆境をはねつけるには、腕を磨くしかないと決意し、敢えて治療件数の多い病院を渡り歩くことになる。膨大な経験に裏打ちされた高い技術は高い評価に結びついた。これが、彼をして、「量のないところに質はない」という自身の自負“principle”へと至らしめたようである。この、名医へのステップアップの経路は、平成前期、NHKのプロジェックトXで取りあげられた、日本で初めて行ったバチスタ手術の須磨久喜や、また、平成後半、NHKのプロフェッショナルで有名になった天皇のバイパス手術の執刀医天野篤にも、同じことが言えるのである。多くの場数を踏み、様々な経験を通じて、名医に登り詰める経緯は、奇しくも、みな、心臓外科・内科医という共通点で興味深い。

「量よりも質というのは当てはまりません。量がなければ質もない、絶対にそうなんです」(三角和雄)

 この言葉と聞いて、私は、質か量かという、勉強であれ、スポーツであれ、仕事であれ、永遠(?)の命題を、独自に考えるようになった。これから、この、例えば、勉強、数学や英語、理科や社会といった、ある意味、定期テストや入学試験・資格試験などにおいて、どちらが優先されるべきか?という問いを掘り下げて考えてもみたいと思う。このテーマは、十人十色ともいうが、人それぞれ、先天的・後天的にその資質や能力というものを加味して一概には、軍配が挙げられはしないが、私なりの、意見を次回述べてみたいと思う。

 では、第二点、これは、ここ10回近く、このコラムで読書というもの、言葉というもの、国語という科目、これらが、他の教科の土台、基盤、基礎ともなっている事例は、いや、摂理は、「小学校で大切なのは、一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数、英会話、プログラミング、そんなのどうでもいい!」という言葉を私なりに反芻し、自己の学習人生(初等・中等教育)と、教え子の出来不出来(英語が伸びる子伸びない子)のバックグラウンドを鑑みて、真理に近いものであるとの確信を抱き続けてもきただけに、更に、その確信度を高める要素(発言)ともなり、小気いい快感を覚えた。世はグローバル化だ、ビジネスや科学技術の分野なら、それは大学教育もではあるが、そうした大人の世界であれば、いざ知らず、まだ思春期の夜明け前という人生の黎明期に、発展途上の人間にとって一番大切な、言葉、そこから紡ぎ出される文章、文章という畑から、それぞれ小説(米)・評論(麦)・随筆(野菜・果物)・詩(生花)といったジャンル(農地)を読み書き(開墾)する上で、この小学校時代が、どれほどこの思考の武器ともいえる言葉と、そこから派生する<勉強⇒学問⇒(研究)⇒ビジネス>という連綿とつながる領域の、理系文系を問わず、知の良質なる遺伝子として開花するか、この究極にして根本なる理に文科省・多くの教育関係者・教育産業の面々が気づいてもいないことが、日本という国の亡国への最大要因でもあるように思えてならない。

 これは、もう30年以上も昔のこと、文化放送『世相ホットラインハイ!竹村健一です』という日曜の朝七時の番組で評論家竹村健一が次の様なことを語っていたことが、今でも忘れない。

 「アメリカに移住・移民してくる家族の子供に、英語を教えている、ある学校がある。その学校では、十歳前後の子供でも、まず、その両親の話す母国語を、一年かけて、完璧に教えるように指導するそうだ。それから、英語を教える、その子どもたちは、その後、アメリカの一流大学に進学する。そうした英語学校と違い、普通の移民対象の英語学校は、移民の子供に、即、英語を教え始める。その後、彼らは高卒のサービス業や肉体労働の仕事に就くものがほとんどである。この学校は、そうした面で特筆すべき学校である」

 因みに、皇后雅子様も、父親の外交官の仕事柄、田園調布雙葉中学をご卒業されると同時に、海外生活をされても、その小和田家の中では、きちんとした日本語を使わせ、話せさせたともいうエピソードを思い起こさせもする学校ではある。



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