塾長紹介
「同じ轍をふませたくない」 ~上部構造~
慶応義塾大学文学部仏文科修士課程終了。
大学卒業後、某大手企業[現S&Iホールディングス]に就職するも、文学への研究熱が芽生え、大学院に進学。
大学院在学中に、研究者と教育者を天秤にかけて、後者への情熱が沸き上がる。
仏文学への未練を断ち切る。
人生行路での紆余曲折を経て、自分の原点である、「同じ轍をふませたくない」といった思いから、横浜で英語科専門塾を立ち上げる。
自己の「受験の失敗学」に裏打ちされた大学受験塾"英精塾"を主宰するに至る。
特に、日本語(母国語)を大切にする英語教育、リベラルアーツとしての日本史・世界史・古典なども教授している。
今では、忘れさられた旧制高校の優れた面を取り入れた学問指導を理想として、生徒たちに接している。
高校を2か月で中退を余儀なくされ、9か月《中学浪人》をする ~下部構造~
小6で地元公立中学が荒れている現実を知り、6年で中学受験勉強を開始。
第2志望に合格するも第1志望が不合格。
父は第2志望校へ手付金を支払わず、私立進学は叶わず。
越境入学者が多い、公立の"名門校"[※麹町中学校など]へ進学。
そこで初めて"秀才"なる存在を知る。
また、世界最古の学習塾、島本時習塾 [※ギネス記録である]にも通う。
ここでも"塾の、学校とは違う何たるか"を知る。
3年後、私立の進学校へ進むも両親の離婚により、高校を2か月で中退を余儀なくされる。
母方の石巻で9か月を《中学浪人》をする。
この孤独の体験が、理系人間から文系人間へ変質させる。
東北の片田舎の県立の進学校に入学するも、荒々しいバンカラな校風、しかも年下の連中と机を同じくする年月が、文系人間を更に文学青年へと変貌させる。
佐藤春夫や中原中也のような詩人の如く、文学に目覚めると、理系科目への興味・関心が薄れ、成績は下降線を辿る。
宅浪、朝日新聞奨学生などの経験
文学事典と文庫本の首っ引きの3年間、私淑する文学者 [※小林秀雄;森有正:マチネ・ポエティック: 大江健三郎(小説)など]が、T大の仏文科に多いこと。
また最も愛読していた横光利一のことば「日本文学の故郷は、フランス文学とロシア文学だ」に影響を受け、現役時代はT大の文科三類を目指すも玉砕!
母子家庭であることもあり、宅浪を経験するもまたも惨敗!
自身の独学の限界を知る。
母が学費を工面し 、駿台予備校に通うも、またも敗戦!
しかしここで、予備校講師の何たるかを知ったことが、その後生きてくる。
もう母に経済的負担を負わせられないとの決意から、1年だけの猶予を貰い「来年は、3科目の私立にしぼる」との誓約のもと、1年の期間を許され、朝日新聞奨学生[※朝夕刊を配達し、集金業務を負う]で、代ゼミに通学する[※まさしく予備校バブルの最中であった]。
1年後、T大学の次の志望大学でもあったK大[遠藤周作・サルトルが講演した大学]の文学部(→2年で仏文科へ)に入学する。
「中学時代の友人は、もうキャンパスにはいない」との諦観から、また「もう母親には経済的負担を掛けさせられない」との決意から、新聞奨学生をそのまま4年間続ける。
学費を自分で稼いでいるという自覚から、講義とフランス語は元を取ってやろうという気持ちで、真面目に授業に出席する。
また、4年間四畳半の部屋にはテレビを置かず、読書三昧の日々で、サークルなど無縁であった。
現在の"学生の奨学金問題 "など、他人事ではなく、私なりに一家言を持っている。
「遠回りも、失敗も、決して無駄にはならないぞ!」
80年代後半、バブルの最中私の学生時代、それとは無縁に過ごす。
三島由紀夫の「俺は、戦後と寝なかった」を捩って、周囲の人々に「僕は、バブルと寝なかった」と笑いながらよく語る。
これぞ"江戸時代が、文明は世界に遅れを取らせたが、文化を成熟(熟成)させた"如く、《僕の鎖国時代》であったとも自身の塾生に冗談混じりに話す。
「遠回りも、失敗も、決して無駄にはならないぞ!」
しかし、現代では この言葉は、"少子化社会・大学全入時代・大学に推薦系で入る数が5割以上を占める現状"では、死語に近いものになっているのも事実である。
大学4年時、大学院に進みフランス文学を極めたいという本音がありながらも、経済的理由と母親をひとまず安心させてあげたいという思いから、現S&Iホールディングスに就職する。
理由は、この企業が、流通業において、P・ドラッカーが世界の中で、最も絶賛してる会社(※小売り業における生産性の高さ)であった点。
そして、ハーバードビジネススクールのケーススタディーとしてトヨタと伴にテキストの教材に採用されていた点でもあった。
更に、究極の理由は、鈴木敏文副社長の"知"と伊藤雅俊社長の"信(情)" の絶妙なコンビに惹かれたからでもある。
それは、ホンダ技研工業の本田宗一郎と藤沢武夫、ソニーの井深大と盛田昭夫のコンビにも似た"経営"における"劉備と諸葛亮"に思えたからでもある。
入社後、即、《物流部》に配属となる。
この部署で"物流の何たるか""物流の重要性"を知る。
それは、ただモノを運ぶというだけでなく、その企業の命運を決めるという事実に瞠目する経験であった。
当時勃発した湾岸戦争における《ロジスティクス(兵站)》そのものであった。
コンビニの生殺与奪の権を握っているのが《物流》であり、現在のAmazonの強みは、まさにこの《物流》力にあり、歴史的に観れば、秀吉の"中国大返し"こそ《物流》力そのものである。
そして、それによって天下を取ったとも言える。
企業(組織)というものは一般大衆の見えないところに、その強さがあることを知った貴重な経験でもあった。
その頃、クロネコヤマトの宅急便の生みの親である小倉昌男の凄さも、仕事柄知ることになる。
この社会人時代、大学4年から通い始めた横浜日仏学院にも、フランス語の会話能力維持のために、週末を利用して通学する。
※「上部構造は、下部構造に規定される」(マルクス)
塾長 出版物1
令和の逆張り教育論
反デジタル考
「教育、医学、政財界関係者が、デジタル教育の安全性をどんなに声高に叫ぼうとも、どんな科学的安全性を担保するエビデンスを出そうとも、せめて16歳までは(パソコンやタブレット端末を使った)デジタル教育を制限すべきです。社会では、文明を牽引するツールとしてのデジタルを武器としても、家庭やプライベートでは自身の精神、生物としての身体の健全さを守るツールとしてのアナログを手放してはいけません。文化とは、人生行路とは、アナログでしか耕すことができないということです。それは畢竟、人生の充実感でもあり、一種、幸福感の淵源ともなるものです」 本書は、英語塾主宰者にして、塾のブログやYouTubeで日々、教育のデジタル化に警鐘を鳴らしてやまない教育エッセイストによる痛烈なる逆張り教育論。
塾長 出版物3
塾長が講師生活で感じた英語教育論
英語教師は〈英語〉ができなくてもよい!
「誰も言わないから、私が言う!英語教師という生業の真実を!」
文部科学省の“官僚の無謬性”を喝破する書でもあります!
【本書を読めば、現場教師は溜飲を下げることでしょう!】
「なんで、私たち高校教師が、読み・書き・話し・聞くといった4拍子そろった、それも、民間資格系テストの面倒を見なくちゃならならいわけ?」「なんで、教員になった時には、不要だった英語をマジで小学生に教えなくちゃならないわけ?」こうした鬱憤が溜まっている現状への提言です。いや、現場の英語教師の、本来歩むべき方向性に気づかれることでしょう。
【本書を読めば、現場生徒は快哉を叫ぶことでしょう】
「なんで、俺たち、使える英語っうのやらなくちゃならないわけ?別に、俺なんか、ぺらぺら英語なんてしゃべれなくっても、別に構わないのに、文科省は余計なこと(民間資格系試験の採用)しやがって!」これが、地方の国公立理系志望の男子生徒の本音です。
また、「私たちは、英語の先生に話し・聞くを期待しちゃダメなんだ。学校の先生は、読み・書きの基礎体力を身に付けさせることが先決、小学校の時、ひたすら足腰を鍛えた駆けっこのようなものが学校英語なんだ。中学生になり色々な部活で、何部に入ろうと、その脚力というものが、ものをいう学校英語みたいなものなんだ」と中高生に気づいてもらうことでしょう。
【本書を読めば、学校の管理職(理事長・校長)の人々は愁眉を開くことでしょう!】
「うむ~!ベテラン教師が、少なくなる現状で、若手教員をこれから、どう指導してゆくべきか、現場教師にも資格系試験やスカイプなどを使ってスキルアップさせるべきかどうか?」こうした点こそ、理事長や校長の管理職の人々が学校運営の悩みの種であるはずです。
また、学校の管理職の方々は、文科省の威圧、世の中の風潮、そして、過大な期待をするモンペやモンチといった理不尽な“風雨”に対して、自身が防波堤となるべきことを自覚されることでしょう。
【本書を読めば、政府・文科省の眼鏡で英語教育に“洗脳”されていた親御さん達は蒙昧を啓き、瞠目することでしょう!】
「学校という場所は、何も、使える英語や実用英語を身に付ける場所では、実は、ないんだ!」と良識あるご父兄は認識されることでしょう。国の超理想主義や英語の負け組の意見に、まっとうな英語教育という、本来あるべき現実に目覚めることでしょう。
なぜならば、これまでの英語教育論は、
文科省は、理想を掲げるユートピア的英語教育を標榜し、
学者は、データや資料を使って上から目線で、現場の教師と生徒の目線・本心を無視して、小難しく、政府よりの英語教育改革論を語り、
評論家は、自己の体験・経験などの事例で、牽強付会的言説を述べてきたに過ぎません。
だから、英語教育改革は、毎回空振りに終わり、改革改革の連呼で、使える英語という幻想を大衆は抱いてきたのです。“英語教育論議は踊る、されど進まず!”
しかし、一部の学者や評論家も、拙書と同じ角度で語られてきた方々がいますが、それは、あくまで教育論の範疇に入るもので、一般の親御さんには、堅苦しく、少々退屈で、小難しい表現で語られてもきたのです、しかし、拙書は、気軽に、面白可笑しく読める類の英語教育エッセイです。様々な比喩や譬えをふんだんに使い、これでもかこれでもかと従来の英語教育論議が、如何に誤っていたかを語ってもいるのです。
英語教育というものが、超現実的に議論されることは、タブーとされてきました。
これは、敢えて、「英語教師は<英語>ができなくてもいい!」という誰もが口にできなかった真実を、“裸の王様”の子供さながらに語ってみたものです。物事というものを、英語教育という狭い土俵から離れて、語ったものです。気軽に、分かりやすく、2020年の英語教育大改革が、どれほど誤った方向へ、中等教育を導いていくものかへの、逆説的警告の書でもあります。
塾長 出版物2
塾長の受験体験の私小説をからめた
画期的「山下達郎」論
※歌謡曲やジャパニーズポップスに興味ある方はどうぞ
【ポップスの規矩 私見 歌謡曲論】
本物の歌謡曲は永遠に廃れない。
著者の浪人時代と今を支える究極のポップアーティストを徹底分析!!
新聞配達のアルバイトと、横浜の予備校に通う日々...。 あてどない不安と焦りをやわらげてくれたのは、夏を象徴する洋楽っぽいサウンドだった。
本書は英精塾でも販売しています。
当塾で購入すると、定価の2割引でご購入可能です。
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