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コラム
橋下徹という休火山
最近、橋下徹元大阪府知事のメディアでの露出が尋常ではない。やたらとワイドショー、バラエティーや報道番組での出演が異常に目に付く。ひとえに、このコロナ禍による社会の八方塞がり、ジレンマ、人命か経済かのアンビバレントの窮状など、誰もが、専門家委員会を中心にお伺いをたてるだけ、誰もはっきりとモノ言えぬ世の中、いや、時代であればこそ、テレビ関係者に引っ張りだこ、ご出演を請われてもいるのであろう。 安倍首相とは真逆である。彼は、“首相コメント巣籠状態”・“官邸に穴熊状態”で、個人的意見は当然、公的政治家としても、はっきりと、ものが言えぬ“自信消失精神状態”にいるのは確かである。攻めには“強い”かもしれないが、守りには全く“弱い”、ぼんぼん政治家でもある。また、外交などのスタンドプレーは大好きだが、緊急事態の地味な自身のレガシーにならないものは一切苦手、興味なしという首相でもある。
この橋下氏、最近の言動から 何か生き急いでいる感が直観ながら感じる。「完全燃焼した」「もういつ死んでもいい」このフレーズがやたらと目に付く、いや、耳に付くのである。時代の申し子、政局の注目児、世論の御意見番など、様々なメディアで重宝されてはいるが、何か、“令和の三島由紀夫”と感じられなくもない。支持者も多いが、アンチも多い、令和になって、まさにその感が増してきた。市ヶ谷駐屯地の、例の事件と比類する行動に出やしないか、そんな気がしないでもない今日この頃である。
さて、この橋下氏が出演した、先日の“林先生の初耳学”(TBS)という番組でのことである。高学歴ニート(働かない若者)と対論するのを観た。二度目である。再放送の回でのことである。彼は、25歳の高学歴ニートの若者に向かって、次のように発言されていた。「25歳か、若いな!羨ましいよ。俺は50歳だが、この差、この25年、全財産払っても買いたいよ!」それに相槌を打つかのように、林修氏は、「わかるな!」と実感こめて同意していた。
実は、この発言を聞いて、松下幸之助を思いだした。彼も、「私の全財産を出しても、若さを買いたい、若い頃に戻りたい」そう発言していたことが脳裏から浮かび上がってきた。
橋下氏は、弁護士から政治家へ、そして、松下幸之助は、明治時代の丁稚奉公人から経営の神様にまで上り詰めた偉人である。林氏は、東大法学部からバブルの最中に長銀に就職、しかし、半年足らずで退職、その後、紆余曲折を経てカリスマ予備校講師から知的タレントにまで登りつめた経歴の持ち主である。
この3者に共通なのは、政治、法律、経済、経営など、軸足を社会科学に置く成功者である点を忘れないでいただきたい。そこを意識して欲しい
では、文化人、いや、準芸術家ともいえる、シンガーソングライターのさだまさしと直木賞作家の林真理子のケースを取り上げるとしよう。
さだは、以前、「若いころに戻れるとしたら、どうですか?」聞かれて、「いや~!戻りたくもないです!」と応じていたことが非常に印象深く残っているのである。私自身、彼の小学校からの一フアンでもあるので、彼の人生は、一通り把握していたこともあり、彼のその発言のバックグラウンドから“なるほどね!”と得心したものである。彼は、恐らく、今が一番“幸せ”なのではなかろうか?
林女史に関しても、以前ある番組で「若い頃に戻りたくないですか?」と質問されて、「とんでもない、戻りたくもない!」と答えていたことが、彼女の前半生(日芸からコピーライターを経て直木賞を受賞するに至るまでの歩みや経験)を知っている私としては、なるほどね!と納得したものである。
詳しく、この二人の人生での歩みを知らない方は、何故と当然思うことであろう。この点は、詳しくは、この場で語らない。
このさだと林に共通するものは、芸術家、いや、創作家という範疇の人種であるという点を考えなくてはならない。さだなら、20代前半から30代にかけて、ヒット曲という、創作とビジネスという、運という要素の恩恵を相当感じ取り、若いころに戻ったにしろ、また売れるとは限らない、また、他の職業をしたとしても、“成功”するとは限らない。そうした自身のなしてきた<ものつくり>という人生の道程に謙虚になってもいるのであろう。林女史とて同じであろう。コピーラーターという不確かな身分から、ワンランクアップした流行作家というステイタス、これは、人生が巻き戻されたとしても、二度とこれほどの僥倖にはお目にかかれはしないという人生への謙虚さというものがにじみ出てもいる。
それに対して、橋下徹や松下幸之助の人生観といったものには、明るい楽観主義が感じ取れる。また、人生をやり直せる、そして、また、成功するといったコノテーションが窺いとれるのである。
それは、煎じつめると、政治や経済といった、集団の中でのリーダーシップというもの、社会や企業を成功また、変革へと導く職業と、ある作品なり、芸術品なりを生み出し、それが世に評価され、自らの生業がステイタスとなる職業との違いと私は観た。秀吉と利休の違いともいっていい。
この“橋下と幸之助”の生き様、この“さだと林”の生き方、彼らには、人生を生きる上での、ある意味、ベクトル上の指針というものが象徴されてもいよう。
社会科学系の人種というものは、あくなき人生への貪欲さ、時間への未練、若さへの憧憬といった影が常に付きまとうものである。それに対して、人文科学系の人種というものは、人生への達観、時間への諦念、若さへの無頓着、こうした一種、“宗教・禅宗”的人生観に一歩足を踏み入れてもいるようである。
ここで、最後にアスリートの大成功者、プロ野球のイチローの言葉を引用して、人生とは、若さへの執着にあるのか、若さというものへの軽描淡写にあるのか、判別していただきたい。
最近、イチローと子どもや大人との教室内での対話がテレビで放映されていたが、そのある場面である。
「イチローさん、今度生まれてきたら、もう一度野球選手になりたいですか?」
まじめな顔で、しばらく考えて、一瞬ニコリとして、そして、おどけたように、笑いながら、「いや野球選手はもういいよ、十分!何か他の仕事がいいな!」と語った場面に、橋下やさだの顔を思い浮かべてしまった。やはり前者は何かやり残しを、後者はやりつくしたことを、そして、成功したアスリートは一種“芸術家”に近いものなのかな?と感じ入った次第である。因みに、不成功や満足とは言えない“成功”者のアスリートは、橋下・幸之助の如く、生への執着が激しいのである。あの松坂大輔が、名球会入りという200勝に今もこだわり続け、現役を続行している姿に、その執念のようなものを感じ取れる。
橋下徹が、「完全燃焼」「やりつくした」「死んでもいい」と言いながら、若さに憧れを抱く点、私は、人生への執着からして、再度、いつか政界へ大博打にでると観た次第である。これが三島的、<令和の橋下の決起>であると最近感じてもきている点である。
“行列のできる法律相談所”で知名度を上げ、大阪府知事となり、地方行政に旋風を巻き起こし、大阪都構想で敗れ、下野した。それまでが、橋下氏の第一ラウンドである。政界にカムバックする意志は毛頭なしと明言してはいるものの、総理の解散などするわけがないとした中曽根首相の“死んだふり解散”を思い出せばいい。政治家とは大衆を騙すものである。ここ最近のメディアでの異常な露出は、令和新撰組党首山本太郎の戦略と似たものを感じる。このコメンテーターとして<メディア保守野党>として発言する意図は、最近の異常露出からして、政界第二ラウンドに備えての英気養い期間と私は観た。ポストコロナ禍の時代、橋下“休火山”は、再度爆発すると予言する。
この橋下氏、最近の言動から 何か生き急いでいる感が直観ながら感じる。「完全燃焼した」「もういつ死んでもいい」このフレーズがやたらと目に付く、いや、耳に付くのである。時代の申し子、政局の注目児、世論の御意見番など、様々なメディアで重宝されてはいるが、何か、“令和の三島由紀夫”と感じられなくもない。支持者も多いが、アンチも多い、令和になって、まさにその感が増してきた。市ヶ谷駐屯地の、例の事件と比類する行動に出やしないか、そんな気がしないでもない今日この頃である。
さて、この橋下氏が出演した、先日の“林先生の初耳学”(TBS)という番組でのことである。高学歴ニート(働かない若者)と対論するのを観た。二度目である。再放送の回でのことである。彼は、25歳の高学歴ニートの若者に向かって、次のように発言されていた。「25歳か、若いな!羨ましいよ。俺は50歳だが、この差、この25年、全財産払っても買いたいよ!」それに相槌を打つかのように、林修氏は、「わかるな!」と実感こめて同意していた。
実は、この発言を聞いて、松下幸之助を思いだした。彼も、「私の全財産を出しても、若さを買いたい、若い頃に戻りたい」そう発言していたことが脳裏から浮かび上がってきた。
橋下氏は、弁護士から政治家へ、そして、松下幸之助は、明治時代の丁稚奉公人から経営の神様にまで上り詰めた偉人である。林氏は、東大法学部からバブルの最中に長銀に就職、しかし、半年足らずで退職、その後、紆余曲折を経てカリスマ予備校講師から知的タレントにまで登りつめた経歴の持ち主である。
この3者に共通なのは、政治、法律、経済、経営など、軸足を社会科学に置く成功者である点を忘れないでいただきたい。そこを意識して欲しい
では、文化人、いや、準芸術家ともいえる、シンガーソングライターのさだまさしと直木賞作家の林真理子のケースを取り上げるとしよう。
さだは、以前、「若いころに戻れるとしたら、どうですか?」聞かれて、「いや~!戻りたくもないです!」と応じていたことが非常に印象深く残っているのである。私自身、彼の小学校からの一フアンでもあるので、彼の人生は、一通り把握していたこともあり、彼のその発言のバックグラウンドから“なるほどね!”と得心したものである。彼は、恐らく、今が一番“幸せ”なのではなかろうか?
林女史に関しても、以前ある番組で「若い頃に戻りたくないですか?」と質問されて、「とんでもない、戻りたくもない!」と答えていたことが、彼女の前半生(日芸からコピーライターを経て直木賞を受賞するに至るまでの歩みや経験)を知っている私としては、なるほどね!と納得したものである。
詳しく、この二人の人生での歩みを知らない方は、何故と当然思うことであろう。この点は、詳しくは、この場で語らない。
このさだと林に共通するものは、芸術家、いや、創作家という範疇の人種であるという点を考えなくてはならない。さだなら、20代前半から30代にかけて、ヒット曲という、創作とビジネスという、運という要素の恩恵を相当感じ取り、若いころに戻ったにしろ、また売れるとは限らない、また、他の職業をしたとしても、“成功”するとは限らない。そうした自身のなしてきた<ものつくり>という人生の道程に謙虚になってもいるのであろう。林女史とて同じであろう。コピーラーターという不確かな身分から、ワンランクアップした流行作家というステイタス、これは、人生が巻き戻されたとしても、二度とこれほどの僥倖にはお目にかかれはしないという人生への謙虚さというものがにじみ出てもいる。
それに対して、橋下徹や松下幸之助の人生観といったものには、明るい楽観主義が感じ取れる。また、人生をやり直せる、そして、また、成功するといったコノテーションが窺いとれるのである。
それは、煎じつめると、政治や経済といった、集団の中でのリーダーシップというもの、社会や企業を成功また、変革へと導く職業と、ある作品なり、芸術品なりを生み出し、それが世に評価され、自らの生業がステイタスとなる職業との違いと私は観た。秀吉と利休の違いともいっていい。
この“橋下と幸之助”の生き様、この“さだと林”の生き方、彼らには、人生を生きる上での、ある意味、ベクトル上の指針というものが象徴されてもいよう。
社会科学系の人種というものは、あくなき人生への貪欲さ、時間への未練、若さへの憧憬といった影が常に付きまとうものである。それに対して、人文科学系の人種というものは、人生への達観、時間への諦念、若さへの無頓着、こうした一種、“宗教・禅宗”的人生観に一歩足を踏み入れてもいるようである。
ここで、最後にアスリートの大成功者、プロ野球のイチローの言葉を引用して、人生とは、若さへの執着にあるのか、若さというものへの軽描淡写にあるのか、判別していただきたい。
最近、イチローと子どもや大人との教室内での対話がテレビで放映されていたが、そのある場面である。
「イチローさん、今度生まれてきたら、もう一度野球選手になりたいですか?」
まじめな顔で、しばらく考えて、一瞬ニコリとして、そして、おどけたように、笑いながら、「いや野球選手はもういいよ、十分!何か他の仕事がいいな!」と語った場面に、橋下やさだの顔を思い浮かべてしまった。やはり前者は何かやり残しを、後者はやりつくしたことを、そして、成功したアスリートは一種“芸術家”に近いものなのかな?と感じ入った次第である。因みに、不成功や満足とは言えない“成功”者のアスリートは、橋下・幸之助の如く、生への執着が激しいのである。あの松坂大輔が、名球会入りという200勝に今もこだわり続け、現役を続行している姿に、その執念のようなものを感じ取れる。
橋下徹が、「完全燃焼」「やりつくした」「死んでもいい」と言いながら、若さに憧れを抱く点、私は、人生への執着からして、再度、いつか政界へ大博打にでると観た次第である。これが三島的、<令和の橋下の決起>であると最近感じてもきている点である。
“行列のできる法律相談所”で知名度を上げ、大阪府知事となり、地方行政に旋風を巻き起こし、大阪都構想で敗れ、下野した。それまでが、橋下氏の第一ラウンドである。政界にカムバックする意志は毛頭なしと明言してはいるものの、総理の解散などするわけがないとした中曽根首相の“死んだふり解散”を思い出せばいい。政治家とは大衆を騙すものである。ここ最近のメディアでの異常な露出は、令和新撰組党首山本太郎の戦略と似たものを感じる。このコメンテーターとして<メディア保守野党>として発言する意図は、最近の異常露出からして、政界第二ラウンドに備えての英気養い期間と私は観た。ポストコロナ禍の時代、橋下“休火山”は、再度爆発すると予言する。
2020年7月28日 17:21