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俳女優「小雪」の"美しさ"~彼女のアナログさ~

 2020年に観た地上波テレビのベスト3に入れてもいい番組に言及しよう。NHKのSWICHインタビュー達人達』(10月31日)という、その道の達人二人が対談する番組である。女優小雪の美しさ、いや、彼女の母親としての内面の美しさが光った。この番組の中で、映画監督河瀬直美が、ホストとして、初対面の相手に選んだのが、この小雪である。何故対談相手に選んだかと言えば、ブルガリア・ウローラ・アワード(2019年度)で最も輝いている女性に小雪が選ばれ、その式典でのスピーチに惹かれたという。
 
 「私がいつもモットーとしていることは、自身がいる場所、生きている場所、今出会っている人たちのこの瞬間を大事に生きること、それがこの先の未来につながると思っています」
 
 小雪は、数年前から子供たちを自然の中で育てることを考えていたという。家族での地方移住である。これが、コロナ禍直前に実現し、2019年から地方で二男一女を育てているという。一方、川瀬も故郷の奈良で一人息子を女手一つで自然の中で育ててきて、田畑の農作業を日常の一部として取り込んで生活している。この女性二人は、世にいう小室淑恵が標榜するワークライフバランスとも一線を画すものでもあり、俳優と監督だから、また、仕事を選べるという特権があるからこそ可能であるとの指摘を覚悟の上で、彼女たちの生き様に讃辞を送りたいのである。男女格差解消、男女同権実現社会、これを、下世話な表現でいえば、松田聖子型としよう。一方、女性の独自の立ち位置、強味を進化、深化する生き方、これを山口百恵型すれば、彼女たちは、4対6の割合で、後者、即ち女性としての強みと母としての責務、これを融合した見事な生き方をしている点が、輝いても見える。松田聖子の今でも輝く、その活躍ぶりは見た目で美しい。しかし、20歳で引退し、そのいさぎよさに“いまだ喝采鳴りやまず”とも言われる、その美しさは脳裏でしか認識できない。つまり、デジタル社会の便利さ、豊さという川の流れから、いったん、川岸に上がって、デジタルという激流に流されている社会の光景をほほえましく見つめている、その母として表情が美しいのである。それは、飛躍して言わせてもらうが、我等が幼少期、『アルプスの少女ハイジ』の生き様に、どこなく文明化してゆく社会の中で、ハイジの姿がえもいわれぬ“美しさ”として子供の眼に映ったのと相似関係をなす。アナログとしてのライフスタイルが、彼女たちの会話から幸福とは?という問いが投げかけられてもいる。幸福とは満足ではない、ましてや快楽ですらない。そのことに気づかせてもくれる。では、彼女たちの鋭い発言を抜粋してみたのが以下の会話である。
 
 
 小雪:「今の子たちって、全てのことが、調べたりして、アイパットとか器械とかの中で、正解があると思うのはとても危険だけど、ある程度のことが知ることができる。情報ツールを利用して、いろんな物知りじゃないですか?その物知りっていう部分が、自分の本当の意味で、感じる・わかる、体と心でわかるっていうのをどういう風に教えていくべきかなって考えたら、やっぱ、生活でしかない。現代社会って、全てのもの、欲しいもの、必要と思うものが手にいれることができる。少し手に入れられない、手に入れる歯がゆさを感じたほうが逆に生きやすくなるかな、と最近思って……
 
 河瀬:「何でも手に入れられる世界にいるとつまんなくなっちゃうと思う。ちょっと冒険っていうか、手に入らない感覚を持った上で、それが手に入った時の喜びというのが人間を生かしてゆくと思う」
 
 令和の時代、Amazonで欲しいものは、次の日に手に入る。外出しなくても、生活必需品は、自宅に届けてもくれる、映画館に行かずとも映画が観れる。Googleで何でも知ることができる。i-Phoneという文明の最先端利器が、それら全てを可能にしてくれる。この効率的で、豊かな社会に疑問を抱く人は少ない、それは、その現実に疑義を抱けば、生活がままならいから、敢えて、デジタル社会に迎合せざるを得ないのである。
 
 河瀬:「ゲームとか与えると、それに夢中になる。テレビをつけてれば、いっぱい刺激がある。しかし、田んぼに放置しておくと勝手に遊んでたりする。この体験は両方あっていいんだよね?」
 
 小雪:「そう、両方あっていいと思う」
 
 小雪:「うち、ちっと上の子は、ゲーマーの方向なんで、大自然の中でゲームしてるんですけど。“ママ!僕、目が疲れると山を見るんだ!山ってさ、目の疲れを取ってくれるよね!”確かに、と思って(笑)この笑みがなんとも言えず美しい!)、“それでね、ここに座ってね、お水飲むんだ!”と言って(笑)……」
 
 河瀬:「教えてくれるね、子供って!」
 
 NHKオンデマンドで再放送なりを、是非ご覧になられることをお勧めする。主婦、母親は、一般企業で、こういう生活をなかなか選ぶことはままならないと思うが、私が言いたいのは、この“デジタル第一主義”のご時世の中、すこしでもリアル、人間のふれあい、自然との接触体験、いわば、令和の時代、平成ではなく、むしろ昭和のレトロな感性を育む教育があってもいいのではないか、アナログ体験の大切さである。いつか、どこかで、養老孟司氏が語っていたことを思い出した
 
 「人間っていう生き物は、一日24時間の中で、一回でもいい、短い時間、自然というもの、植物、木々、土や草、山の側面の緑などでもいい、そうしたものを目にしないと、自身では気づかぬかもしれないが、精神に不調をきたす。だから、よくオフィスなどの高層ビル内には、観葉植物なんかが置いてあるでしょう?それは人間の無意識の文明への抵抗、防衛本能なんですよ」
 
 今年の大河ドラマの主人公渋沢栄一ではないが、株式資本主義を日本に導入し、500社以上もの会社を立ち上げ、明治近代化の大恩人ではあるが、一方で、“ブレーキを忘れるな”と、常に警告してもいた。それは、近世に地層のように積み重なった、石田梅岩に代表されるような社会倫理・個人道徳というものである。この“徳目”を彼の名著『論語と算盤』の題名が象徴してもいよう。子育てにおいても“アナログ=ブレーキ”の目線を決して忘れてはいけないのである。
   
 社会のデジタル化が、個人の生物としてのアナログ性を根こそぎにする。その大地には、見た目に美しい花畑のみが広がっている。人間の生きる糧ともいえる野菜畑、麦畑、水田など姿を消し去ろうとしている。豊楽の矛盾に大衆は気づいていない。「人は“楽”のみに生きるにあらず」


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