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日本語は日本酒になりうるか?

 先日、NHKのクローズアップ現代(2019年11月14日)という番組を見ました。特集は、次のような題名であります。
 
日本酒が「世界酒」に!?
~SAKE革命~
世界の人々をとりこにする日本酒
 
①<価値観など多様化してはいない!>
 
 今日世界は、様々な面で多様化し、特に価値観も多様化していると言われています。果たしてそうでありましょうか?むしろ、SNS社会が到来してからというもの、むしろ価値観は、画一化・単一化しているとさえ思われます。これも私の天の邪鬼的直観によるものです。
 
 もう20年近く前のことです。コンビニが“社会の牽引役”として急成長していた頃です。余談でありますが、コンビニは今や、社会の“奴隷”とさえなり果てています。そのコンビニの雄のセブン・イレブンの生みの親でもあり、カリスマ経営者として流通業界の“皇帝”として君臨していた鈴木敏文氏の言葉です。
 
 「世の中の価値観が多様化していると言われているが、現代はむしろ価値観は画一化している」
 
 セブン・イレブンの会長室で、全国からの、今でいう膨大なビッグデータを前にしての、鋭い直観と分析による、部下を前にしてのコメント、また、日経新聞などの記者たちへインタビューでよく耳にしていたフレーズです。
 令和となった今日、鈴木氏が発言した平成の初期以上に表層的には多様化社会に見えながらも、むしろ、GAFAの独占市場となっている現実が、それをまさしく象徴してもいます。
 そうです。GAFA=経済です。経済=グローバル化です。グローバル化=文明です。文明=英語です。アメリカ発の巨大企業が、すべての世界中の経済を牛耳れば牛耳るほど、ますます、英語帝国が、幅を利かせて、勢力を拡大してゆきます。
 
②<世界の大学ランキングは英語というハンディーがあってのもの!?>
 
  話しが断線しますが、よく世界の大学のランキングなるものが毎年出され、東大や早稲田などほとんど大学が、危機感を募らせています。比較的、京大や慶應は、そうしたランキングにはあまり頓着せず、敢えてコメントしません。
  私の日ごろの感想ですが、英米の大学が上位独占の様相を呈しています。英米人は、英語だけで、自然科学が学べ、外国語に費やす時間を物理や化学の勉学に費やせます。アジア人と欧米人には、研究・勉学上のハンディーがそもそもあるのです。インドやシンガポールと言った元イギリスの植民地であった国は、むしろ、その点が現代で皮肉なことに幸いしてもいるのです。因みに、世界で一番外国語が下手な国家元首はアメリカ大統領だとも言われているくらいです。相手様が、わざわざ英語で話してくれる都合のよさがあるためです。英語=“円語”=お金になる言語と経済評論家日下公人氏も指摘していたくらいです。
 
③<セレブは英語で稼いで、仏語で使う(消費する)>
~有名女優はユニクロのCMで稼ぎ、プライベートではブランド品をまとう~
 
 世界の政治家が、G20などに出席している姿が、みな欧米ファションの背広(スーツ)です。それと同様に、共通言語も英語となっている始末です。世界共通の便利なツール=背広(スーツ)であり、英語であり、自動車でもあるのです。
 もはや、文明の象徴が英語なのです。その英語を駆使して超セレブ・資産家、大実業家と成りあがった“経済の勝ち組”達は、身のまわりの、衣食住の品々は、文化国家の製品で満ち溢れさせたいという欲求に駆られるものです。車ならドイツ車やイタリア車、家具ならイタリア製か北欧製、衣類系・食事系ならフランス、といったブランド品のように、アメリカ系のファーストフードやイギリス系の身の回りの品など彼らには考えられないことです。そうです。英語では、文化の深淵な馥郁たる味わい・優越感など生活空間では疎遠なのです。ここに、経済(金儲け)と文化(教養)の乖離、水と油の関係が潜んでいるのです。
 
④<世界3大料理に日本食も将来入ってくる?>
 
 教え子に、世界三大料理は?と質問すると、大方は、フランス料理、中国料理、そして、日本料理と答えてきます。私としては、嬉しい誤答であります。トルコ料理が、三大料理に入っていること知らないのです。近年、寿司ブームや日本食{食材に手を加えず生の美味しさを追求し、コンブやカツオの出しによるうまみ成分をべースとした料理}に象徴されているように、世界のニュースを私の生徒らは、逆目線で観て、「そうか、日本食が3番目なんだ」と早合点している始末です。恐らく、あと50年もすれば、新世界3大料理として、仏中日と、トルコ料理に代わりランクインする可能性すらありそうです。
 
 洋酒と言えば、フランスに代表されるワイン、ドイツでソーセージとセットに連想されるビール、そして、イギリスのウィスキー(スコッチ)というものが国民酒として挙げられます。その国の食文化を陰で支える代表酒であります。出藍の誉ではありませんが、山梨産(甲州)ワイン、サントリーやニッカのウィスキー、そして、キリンやアサヒ、エビスやサントリーなどの国産ビール、これらは、本家本元をも凌ぐ良質好品質のものが、今では醸造されています。世界のあらゆる料理が、本国に勝るとも劣らぬくらいのものが日本で味わえるようになっているのと同次元で、自動車・カメラ同様に、文明のみならず、文化も世界的に台頭してきた証でもあります。それは、明治以来、ドイツ語やフランス語、ロシア語など、そうした国々の文学などを通じて、そのエキスを吸収し、日本独自の文学として成長してきた様{※大江健三郎や村上春樹など}に、日本食文化に根付かせてきたのと同じ苦労が、洋酒文化の側面でも開花した感が否めません。
 
⑤<日本語は世界の日本語になりうる!?>
 
 そこで日本酒です。今では、最盛期の3分の1にまで生産量が減った日本酒ですが、世界中のグルメを今とりこにしているそうです。
 赤ワインは肉系に合い、白ワインは魚系と調和するが、ワインは、卵料理やサラダには合わないなど、それぞれの世界のアルコールは、一長一短があるそうです。しかし、日本酒は、どんな料理にも合うそうです。日本料理同様、うまみ成分が原因だそうです。日本ソムリエ協会会長の田崎真也氏の弁です。
 フランス料理界の巨人ジョエル・ロブションが、すきやばし次郎の寿司にほれ込み、しかも、日本酒の素晴らしさに気が付いて、店主小野次郎氏と友情と尊敬の念で結ばれ、自店でも吟醸酒を置くようになったのは有名な話です。浮世絵と印象派の画家との関係を彷彿とせずにはいられません。ドンペリの巨匠リシャール・ジュフロワ氏も、日本酒の素晴らしさに目覚め、北海道に酒蔵まで作り、晩年は日本酒作りに専念するとのことです。
 
 インバウンドの激増もあるのでしょう、世界の観光で魅力ある大都市ランキングで、ここ数年1位が東京、2位は京都、そして、ベストテンの7位に大阪まで入る状況になっている点を考慮すると、日本は将来、経済2流国に、即ち、文明2流国となったとしても、フランスのように、観光立国(?)、即ち、文化1流国にならなくてはならないことは、どうも、安倍政権には、自覚できていないようです。オリンピックや万博による外貨稼ぎにしか思われない政策です。
 
 教育改革は、現在、英語民間試験の中止、そして、国語や数学の論述形式問題のおかしさ、などなど議論の真っ最中にあります。更に困ったことに、2022年度から高校2年以上の国語の教科書が、「論理国語」「文学国語」といった馬鹿げた分類をする愚挙にまで出ました。それは、高校の英語の時間を<使える英語・日常英会話>と<教養英語・ディベート英語>と区分するほど、愚かでさえあります。
 英語は、‘なーんちゃって英語’を教えればいい、国語は、文学作品などに接する必要はない。真の教養というものを認識してはいない政治家安倍晋三・麻生太郎・菅義偉・下村博文・萩生田光一などが、国家の基盤でもある、教育=文化を破壊してもいるのです。
 東工大名誉教授ロジャー・パルバースは『驚くべき日本語』(集英社インターナショナル)の中で、日本の素晴らしさを力説しています。また、数学者の藤原正彦氏は、『祖国とは国家』(新潮文庫)で日本語の大切さを懇々と語っています。明治大学教授斉藤孝氏は、その文庫本の帯に「ああ、この人(藤原氏)に文部科学大臣になってもらいたい」とも述べてもいます。
 フランスの国語教育が、文学をベースに、日本では毛嫌いされている暗唱・暗記によって、フランス人の鋭利な知性をどれほど育んできたか、また、いるか『中央公論』(12月号~国語の大論争~)の中で作家辻仁成が語っています。凡才ならぬ“凡宰”安倍晋三には、頭の片隅にもないことでありましょう。
 
 そこでですが、言語学者鈴木孝夫氏も常々アピールしている点ですが、日本語を国内教育で重視することはもちろんですが、日本語海外普及の文化政策を推進する政治家が出てきてほしいものです。日本語には、日本酒と同様の、あらゆる文化を包含する未知なる力が宿っていることは、ロジャー・パルバースは多言語の使い手の見地から力説してもいます。

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